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絵本と本格的な児童書の間に位置する『幼年童話』。
この『幼年童話』の新たな書き手を発掘しようと、昨年、『魔女の宅急便』でよく知られる角野栄子さんらが発案した賞が創設されたそうです。
絵本ブームの昨今、絵本は世の中に過剰なほど(玉石混交ですが…)あふれかえっていますが、それに対して、幼年童話の書き手は減っている……。
角野さんは、次のようにおっしゃっています。
●もっと顕彰しなければならない幼年童話を、大人の世界が軽んじている
●幼年童話は、絵本に親しんでいた子が、文字の多い本に挑むための「橋渡し」をしてくれる
●初めて自力で読む物語が面白ければ、きっと読書が好きになる。もっと長い作品も読めるようになり、その時期に読んだ本の潤いは一生ついて回るのでは
●才能がある若い人は、より自由にやれると考えて、絵本やマンガに流れてしまっているんじゃないかしら
●絵と物語の両方とも手がけたいと考える若い人は今、ほかの表現方法を選ぶようになっているのでは
(●の箇所は、朝日新聞電子版[2025/1/23]より引用)
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私が、幼年童話について、「ぜひ、これだけは押さえていただきたいです」といつもお願いするのは、以下のシリーズです。
■がまくんとかえるくんシリーズ(アーノルド・ローベル/三木卓/文化出版局)
■こぐまのくまくんシリーズ(E・Hミナリック/モーリス・センダック/まつおかきょうこ/福音館書店)
■くんちゃんシリーズ(ドロシー・マリノ/石井桃子/岩波書店)
※他、翻訳者(まさきるりこ、あらいゆうこ)出版社(ペンギン社)
■ぞうくんシリーズ(セシル・ジョスリン/レナード・ワイスガード/こみやゆう/あかね書房)
※『ぞうくんかいぞくになる』のみ(出版ワークス)
■フランシスシリーズ(ラッセル・ホーバン/リリアン・ホーバン/まつおかきょうこ/好学社)
※『おやすみなさいフランシス』のみ、(ラッセル・ホーバン/ガース・ウイリアムズ/まつおかきょうこ/福音館書店)
*くんちゃんシリーズとフランシスシリーズは、図書館では絵本に分類されていることが多いとおもいますが、私は普段その性質上、幼年童話に含めてご紹介しています。
他にも、Instagramの過去ポストでいろいろ幼年童話をご紹介していますが(『みにくいおひめさま』や『わたしのおかあさんは世界一びじん』『赤ちゃんをほしがったお人形』など…)、基本それらは古典作品と呼ばれるものばかりです。
正直なところ、最近のものだと、なかなか、おすすめできる幼年童話がないのです…。
子どもの育ちに必要な量としては、とりあえず現存している優れた古典の幼年童話だけで、いいといえば良いのですが、それもだんだん絶版になるものが増えています。
このままでは、いずれ、子どもたちが手に取れる幼年童話は、ほんとうにわずかな作品だけになってしまうような気がしています。
幼年童話だけでなく、児童文学において、古典作品は選書の基本です。
松岡享子さんが『子どもと本』でおっしゃっているように、「子ども自体が"新しい"」「百年前に出版された本であっても、その子が初めて出会えば、それは、その子にとって"新しい本"」「古ければ古いほど、大勢の子どもたちのテストに耐えてきた"つわもの"」というのは、全くその通りだと思います。
しかし、一方で、百年前の段階では、その古典も【新しい本】だったわけです。コルデコットもセンダックもガアグもみんな、子どもたちに長く読み継がれることを願って【新しい本】を生み出してきたのです。
その時代に生まれる新しい作品を拒否し、止まってしまえば文化は廃れてしまいます。
新しい作品が生み出されることは、その【業界】を守り続けることであり、それはすなわち、児童文学の優れた遺産である【古典作品を守る】ことにも直接つながります。
大切なのは、
●新しい作品を新しいという理由だけで拒まないこと
●本を選ぶ仕事をしている人たちが、新しく出版される作品の中に、〈優れた古典作品に内包されているような、子どもの心が求める普遍的な真実〉が丁寧に描かれているかを、厳しく正しい目で審査すること
●「初版から20〜25年経過している作品」という良書の基準が、「基準」を通り越して「足枷」にならないこと
だと、私は思います。
角野さんの賞をきっかけに、幼年童話業界が復活することに期待です。
ちゃんとした骨太の幼年童話が出てくるといいのですが……。