【今日のおすすめの本】(小学校高学年から大人まで)
『花豆の煮えるまで』(小夜の物語)
安房直子 作
味戸ケイコ 絵
偕成社
(あらすじ)
小夜には、お母さんがありません。小夜が生まれて、ほんのすこしで、お母さんは、里へ帰ってしまったのです。
里というのは、お母さんの生まれたところで、そこは、山をいくつもこえた梅の花のきれいな村だということです。
けれどもだれもー小夜のお父さんですら、そこをたずねることは、できないのでした。
『そこは、山んばの村だから。』
と、小夜のおばあさんはいいました。
『おまえの母さんは、山んばの娘だったんだよ』
山んばの娘だから、山んばの里に帰ってしまったので、それはもう、どうにもしかたのないことだったのだと、おばあさんはいいました。
(本文ママ)
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おばあさんは、台所で花豆を煮ています。
おばあさんは、小夜に、お父さんとお母さんが出会ったときの不思議な出来事を話しはじめました。
ちょうど花豆の煮えるまで…。
異類婚姻譚は、昔から世界中に存在していますが、ちょうどその後日譚というところでしょうか。
主人公、小夜のおばあさんが営む、山奥の温泉宿が舞台のお話です。
子どもにとっては、山んばやきつね、火の精、鬼、木の精が出てくる不思議なファンタジー。
大人には、ファンタジーの先にある少し深くて苦くて、けれどどこか温かさもある現実の世界。
昔は小夜の側に立って読んでいたのが、大人になってから読むと、無意識に自分がおばあさんの側(大人の側)に立って読んでいることに気付きます。
子どもが読むとファンタジーになり、大人が読むとファンタジーの皮が剥けて一般の小説のように感じられる不思議な本です。(本当の意味で楽しめるのはいろいろな人生経験を積んだ大人かもしれません。)
決して明るい雰囲気のお話ではありませんが、描写の美しさと主人公の繊細な心の動きがとても丁寧に描かれた、しっとりとした魅力のあるお話です。
湯けむりの中に見え隠れする幻想的な世界。
四季折々の花々や紅葉の鮮やかな色。
山奥の少しひんやりとした空気感。
花豆を茹でる香り…。
児童文学の巨匠、安房直子さんが紡ぐ、珠玉の名作。画家の味戸さんが描く美しい挿絵も見どころの一つです。
五感全てで味わえる、秋に読みたい一冊。