こんばんは。
首のヘルニアと自律神経の乱れで睡眠不足のoicchimouseです。
日中は相変わらず汗だくですが、朝夕は段々と涼しくなってきて、時折、金木犀の香りが夕風に乗って鼻先をかすめます。
こんな素敵な秋のはじまりは、ちょっぴり夜ふかしして、コーヒー片手にまったり夜の読書はいかがですが?
というわけで、今日のテーマは『秋の夜長にコーヒー片手にまったり読みたい本10選』
です。
- 『文鳥・夢十夜』夏目漱石
- 『白の咆哮』朝倉祐弥
- 『人間そっくり』安部公房
- 『アイヌ神謡集』知里幸惠
- 『初期幻想傑作集 夢の器』原民喜
- 『思考の整理学』外山滋比古
- 『アメリカ・インディアンの書物よりも賢い言葉』エリコ・ロウ
- 『センセイの鞄』川上弘美
- 『詩集 孔雀のパイ』ウォルター・デ・ラ・メア
- 『百鬼園随筆』内田百閒
『文鳥・夢十夜』夏目漱石
夏目漱石のエッセイ集のような本です。
昔どこかで聞いたことがあるような怪談話的な雰囲気のものから、漱石と、その弟子や友人たちとの滑稽なやりとりなど、ちょっとした休憩に読むのにぴったりなお話が収められています。
漱石が、日常の中で「面白い」と感じているツボは他の小説でも垣間見ることができますが、この作品ではそれがより顕著に表れています。
教え子の鈴木三重吉から強引に文鳥を勧められ、仕方なく飼い始めたが、もともと寝坊助なため、徐々に朝起きるのも面倒になり、世話が雑になっていく様子はちびまるこちゃんを彷彿とさせます。
『白の咆哮』朝倉祐弥
「〈土踊り〉の受入れをかたくなに拒否し、一定の距離を保ちつづけた集団は、わたしたち入植者がいちばん最後だと言われている。」原文ママ
ある時、北陸地方の山間部で〈土踊り〉と呼ばれる謎の踊りがひっそりと産まれ、その踊りは瞬く間に他の地方にまで広がっていきます。
この小説の語り手である、雑誌の元記者であった「わたし」は、〈土踊り〉とは対極にある、〈入植者〉と呼ばれる人々の仲間に入り、やがて両者の攻防に巻き込まれていくのですが…。
こちらは、近年稀に見る非常に難解な小説です。
まだ比較的お若い作家の方ですが、凄まじい文章力です。
あまりの難解さに、最後まで読むことを諦めてしまう読者の方も発売当時多かったとのこと。
私も読みながら、時々脳が思考停止するのを感じましたが、混乱してきたら少し戻って…という風に、一歩進んで二歩下がりながらどうにか読み切ることができました。
大変な序盤さえ乗り越えれば、あとはどんどんおもしろくなってきます。偶然にも今の日本社会と重なる部分が多々あり、いろいろと考えさせられます。
朝倉さんは、この小説ですばる文学賞を受賞されましたが、純文学にありがちな過激な表現描写や、小手先の技術を一切使わず、既存の純文学に正々堂々真っ向から立ち向かっておられる様子が伝わってきて、とてもかっこいいのです。上品さと土着的な雰囲気を併せ持つ稀有な作品です。
現在は作品を出されていないようで、こちらの本も残念ながら今はどうやら絶版のようです。
優れた芸術と資本主義の共存は永遠のテーマですね...。
『人間そっくり』安部公房
ある日いきなり火星人が家に訪ねてきたらどうしますか。
私なら、おいしい緑茶と雪見だいふくをお出しします。火星人はお茶の時間に一体何を飲むのでしょうね。
でもこのお話はそういったのんきなこととは違います。訪ねてくるのは楽しい火星人ではなく、不気味な火星人です。
徐々に不条理の世界に巻き込まれていき、最後には大どんでん返しが待っています。
oicchimouseも「人間そっくり」なんですよ。
『アイヌ神謡集』知里幸惠
「アイヌの一少女が、アイヌ民族のあいだで口伝えに謡い継がれてきたユーカラの中から神謡13篇を選び、ローマ字で音を起し、それに平易で洗練された日本語訳を付して編んだのが本書である。」
岩波文庫表紙より 原文ママ
感想を述べることすら畏れ多いような本です。詩のような物語のような、大自然と共に生きてきたアイヌの人々の美しい魂の姿です。現代に生きる私たちがこの神謡の全てを理解することは困難ですが、力のある言葉の数々が読んだ者の心の中に川のように流れ込んできます。その不思議な感覚をぜひ味わっていただきたい作品です。
『初期幻想傑作集 夢の器』原民喜
「原民喜といえば被曝文学」というイメージをお持ちの方が多いかと思いますが、こちらは戦前に書かれた初期の作品で、これまでの原民喜のイメージが一気にくつがえります。文体は上品でまるで小川が流れているよう。
幻想的で近未来的で、どこかSFのような雰囲気もします。
宇宙の向こうの話を読んでいるような、現実の側にあるもう一つの世界を見ているような。
読み始めると一気に不思議な世界に引きずり込まれます。
宮沢賢治、安部公房、星新一、カポーティなどが好きな方におすすめです。
『思考の整理学』外山滋比古
AI時代へと突入した今、改めて読みたい名著です。
著者の体験を交えつつ、ユーモアが散りばめられた文体は、ともすれば堅苦しくなりがちなテーマを軽やかで親しみやすいものへと昇華しています。
今から40年近く前に出版されたものでありながら、全く古さを感じさせず、現代にも十分生かせることばかり。まるで今の世の中を見て書いたのかと思えるほどです。
グライダー人間でなく飛行機人間になるにはどうしたらよいか?
さあ、外山先生の『思考の整理学』の授業のはじまりです。
『アメリカ・インディアンの書物よりも賢い言葉』エリコ・ロウ
アメリカ在住の日本人女性エリコ・ロウさんが、部族の長老や賢者たちから直接伝授された智恵の数々が収められた一冊。本によると、アメリカ・インディアンと日本人は遠い祖先を同じくするとも言われていて、似たような風習も多いそうです。
根底に流れているものが、前述の『アイヌ神謡集』とよく似ているような気もします。
ひとは山と蟻の中間だ。
ひとの暮らしに疲れたら、自然に還る。
どんな動物もあなたよりずっと多くを知っている。
子供や老人の発想から学ぶ。
食べている子供に語れば、親が去った後にもその記憶は残る。
こころからの言葉は書物より尊い。(本文より抜粋)
紹介されている格言にハッとさせられます。日常に疲れた時にぜひ読んでいただきたいサプリメント的作品です。極上の癒しをお約束します。
『センセイの鞄』川上弘美
谷崎潤一郎賞受賞の川上弘美の傑作『センセイの鞄』。
これぞ「ベストオブ・秋の夜長」といえる小説です。
駅前の居酒屋で再会した高校時代の国語教師である「センセイ」と教え子の現在37歳のツキコさん。
再会をきっかけに二人は仲良くなり、色々なところへおでかけしたり、一緒に遊んだり、飲みに行ったりします。
二人の間に流れる空気は淡々として、ゆったりとして、時にシュールであたたかい。
川上さんの作品の主人公はいつも、どこか大人になりきれていない子どものような大人。大人子ども。大人の皮を被った子どものような雰囲気です。
ジャンルとしては恋愛小説なのでしょうが、どことなく若者と中高年のはざまである年齢に身を置く女性の、モラトリアム小説としての一面も併せ持っているような気がします。
二人が「キノコ狩」に行くお話も入っていて、秋をリアルに感じられます。
『詩集 孔雀のパイ』ウォルター・デ・ラ・メア
〈小さな緑の果樹園〉
小さな緑の果樹園に、
いつもだれかがすわっている。
真昼どき、くもひとつない空に
たかく太陽が輝いているとき、
バラからバラへとミツバチが、
かすかなうなりをあげてとぶとき、
小さな緑の果樹園の
木かげにだれかがすわっている。…
[後略]
(『詩集 孔雀のパイ』より本文ママ)
毎夜、眠りにつく前の静かな時間に一つ。
おとぎ話の世界のような、日常のふとした一コマのような。
時間の流れを、味わい深いゆっくりなものにしてくれる、ちょっとおしゃれで素敵な詩集。
『百鬼園随筆』内田百閒
漱石門下生の内田百閒先生。
こちらは短編構成なので、ちょっとした空き時間にも読みやすい。
装丁の絵は芥川龍之介氏の「百閒先生邂逅百閒先生図」。芥川氏の百閒先生への親しみがとてもよく伝わってくる良い絵です。
百閒先生が、お洒落で髭を生やしたら、おばあちゃんに「剃っておしまい。いうことを聞かぬと、寝た間にむしってしまう」と言われ、剃れば、友人に「恐ろしく大きな顔をしていますね。どうしたんです」と聞かれる…。
風邪が流行るからと、祖母主導でおまじない(桟俵の上に祖母、母、百閒が一口ずつかじった沢庵のしっぽを乗せ、歯形のあとに息を吹きかけて出来上がった、まじない道具「さんだらぼっち」を川に流しに行く)が行われ、百閒が出来上がった「さんだらぼっち」を川に流しに行くと、お米を研ぐような不気味な音がする…。
これにはoicchimouseも読みながら思わず笑い泣き。
早く次を読みたいという急く心を抑えつつ、隅々まで文章を味わいながら読みます。
一日の頑張ったご褒美に一粒、二粒。
何気ない日常の中に見え隠れする「奇」が、巧みな文章によって浮き上がってくる最高の一冊です。
いかがでしたでしょうか?
部屋の明かりをちょっぴり落として、窓を少し開けて、夜風を感じながら読書するひとときは格別ですよ。
素敵なひと時をお過ごしくださいね。
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